大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都家庭裁判所 昭和50年(家)524号 審判

国籍 朝鮮

住所 京都市南区○○町○番地の○

申立人 松葉洋子

主文

本件申立を却下する。

理由

一  (一) 申立の趣旨

申立人の氏「松葉」を「朴」に変更する旨の許可を求める。

(二) 申立の実情

申立人は日本国籍を離脱し、朝鮮国籍を取得したため、右国籍者として適合した氏に変更したく本件申立に及ぶと述べた。

二  当庁調査官作成の各調査報告書並びに本件記録添付の登録済証明書並びに戸籍抄本によれば次の事実を認めることができる。

1  申立人は昭和二五年四月三日父松葉次郎、母信子との間の長女として出生し、昭和四九年九月三〇日朝鮮国籍を有する高木こと李全容と婚姻し、同年一〇月一一日届出を了した。

2  申立人は昭和五〇年二月一日朝鮮の国籍を取得し、右と同時に日本国籍を離脱し、同日その旨告示された。

3  以後、申立人は日本における朝鮮人社会において同国人と交際を続けているが、同社会に同化していくため、夫の母方の氏である「李」を称して今日に至つている。

ところが、申立人の外国人登録証明書には、申立人の氏が「松葉」と記載されているため、朝鮮人社会では奇異な感をもたれ、同社会にとけこんでいくうえに障害となつているので、外国人登録証明書の氏を変更したく本件申立に及んだ。

三  当裁判所の判断

(一)  上記認定の事実に対する判断の前提問題として裁判管轄権について検討する。

裁判管轄権については、本件のような氏の変更に関する問題は、氏名権なる一種の人格権に関するものであり、かつ、氏の変更は公の文書に記載ないし登録されその国の行政的監督に服せしめられるものであるから、原則として、それが記載ないし登録される本国の管轄に属するものと解すべきであるが、本国にのみ管轄権が専属するものとすると不都合が生じる場合があるので、当事者の便宜を考慮して例外的に住所地国に管轄権を認めるのが相当である。したがつて、本件申立人は日本に住所を有するので、わが国に裁判管轄権が認められる。

(二)  そこで、次に準拠法が問題となるが、氏の変更の問題は前記のように氏名権の問題であるから、当事者の本国法によるべきものと解される。そこで、申立人の本国法について検討する。現在朝鮮においては、二つの政府が存在し、両政府の法律秩序は、それぞれの政府の現実の支配領域に限つて実効性を有しているので、右の本国法の決定については、法例第二七条第三項が類推適用されるべきであると解される。右同条の「その者の属する地方の法律」の決定については同条の趣旨からすれば、当事者が本国のうちのいずれの地域と最も密接な関係をもつかによつて決定されるべきであるが、しかしながら、本件申立人は朝鮮のいずれの地域内にも住所を定めたことのない事情を考えれば、申立人の意思をも含む諸般の事情を考慮して本国法を決定すべきが相当と解される。前記調査報告書によれば、申立人は夫の李全容と婚姻した際、婚姻届を京都市南区長を通じて大阪市東淀川区長に届出ると同時に朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮という。)の日本における代行機関である在日本朝鮮人総連合会に提出し、かつ、申立人らは日本における朝鮮人社会に同化し、北朝鮮に所属する意思を明らかにしている。

以上認定の事実からすれば、申立人の本国法は北朝鮮法であると認定できる。

(三)  上記理由により準拠法として北朝鮮法を適用すべきところ、日本と北朝鮮との間に国交がないため右に関する資料が乏しく、明確性を欠くが、朝鮮においては従来から姓は父親のそれに従うことによつて血縁的連系を表示するものとして姓不変の原則が慣習法として存在している。しかるに北朝鮮における「公民の身分登録に関する規定」によればこの原則もごく限定的に例えば同規定第一二条には姓の異なる子を養子に迎えた場合に養子は養親の姓に従うことができる旨規定され一部寛和される傾向も伺えるが、しかしながら、本件のように自己の意思により自己の選択による姓へ変更することまで許容することは、従来の慣行、前記規定等に照らし許されないものと解される。

(四)  以上により、本件申立は理由がないからこれを却下することとする。

よつて参与員○○○○・同○○○○の各意見を聴いて主文のとおり審判する。

(家事審判官 来本笑子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例